飯田洋先生 生前葬

呼びかけ文

 「生前葬をやってくれ」と言い出したのは私である。OB会会長9期の前田君が面白そうだと言ってくれた。

 私よりずっと若い卒業生が亡くなり、通夜や葬儀に行く度に、こんな時にしか会えないのはいくら故人の引き合わせとはいえ、何だか空しい。死んだら会えないんだから思い出タップリ詰まった人々とは生前に、それもまだ頭がはっきりしているうちに会いたいものだとの思いが段々強くなっていたのである。

 市立高校に転勤制度が無かった時代、私は東高校に30年間在籍していた。そのうち17年間は横浜市立高教組の役員で学校を離れている期間は長かったが、花田先生に監督業を引き継ぐまではサッカー部の監督だった。

 その20年間、戦績の浮き沈みはあったし選手である生徒との意思疎通の良し悪しも所詮人間どうしだからあった。それやこれやの一切を含め過去を語り、OB会発足後は定期的に顔を合わせる回数も増えて成人した人間としてのつきあいも深まって来た。そんな中での一つの思いつきが生前葬だったわけだ。

 その機運が急速に盛り上がったのは昨秋の全国選手権県予選での初の決勝進出である。後は優勝以外ない。でも正直言って条件面で何もかも劣る公立が私立に勝つのは並大抵のことではない。ここは一つ神さまにお願いしよう。それには神さまへのささげ物・人身御供(ひとみごくう)をこしらえる必要がある。そこへ生前葬と言いふらしている私がいたわけだ。

 従ってこの生前葬を意義づけるとすればOB会の繁栄と現役チームの必勝祈願祭の2つの性質を持つものとなった。

 何に付けても意義とか目的とかすぐに小難しい理屈を並べたがる人間の葬いにはふさわしい企画とは思わないか。

飯田 洋

通知状